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首都大学東京大学院 システムデザイン研究科システムデザイン専攻インダストリアルアート学域(現 東京都立大学システムデザイン研究科システムデザイン専攻インダストリアルアート学域)博士前期課程2015年度修了。
メディアアートやインタラクティブアートを学び、「日常を表現にする」という発想から、センサーを内蔵した靴型デバイス「スマートフットウェア」を開発。在学中に同研究室の仲間と共に株式会社no new folk studio(現:株式会社ORPHE(オルフェ))を設立し、アートやエンターテインメント領域に加えて、健康・福祉分野への応用にも取り組む。近年は、大学や研究機関と連携し、パーキンソン病患者向けのリハビリテーション支援デバイスの研究・開発など、テクノロジーを通じて社会課題の解決を目指している。近年では、同社のセンサ内蔵型インソール「ORPHE INSOLE」が、世界最大級のテクノロジーイベント「CES 2026」においてSports &Fitness部門の「Best of Innovation」を受賞するなど、国際的にも高く評価されている。
株式会社ORPHEが開発を手掛ける、靴にセンサーがついた「スマートフットウェア」。もともとは、「音楽の新しい可能性を広げる、靴の楽器」として開発されたものですが、現在はアートやエンターテインメントの領域を越え、健康・福祉機器としても注目されています。開発を手掛けているのは、卒業生の菊川裕也さんです。
菊川さんは、一橋大学で経営学を学んだ後、東京都立大学(旧 首都大学東京)大学院のシステムデザイン研究科システムデザイン専攻インダストリアルアート学域に進学。そこでの研究をきっかけに、後に株式会社ORPHEを立ち上げました。
文系から理系へ、そして研究者から起業家へ。領域を越境しながら学び、挑戦し続けてきた菊川さんに、その歩みと学生へのメッセージを伺いました。
「やりたいこと」を実現するための、“武器”を身に付けたい
——大学院へ進学するまでの経緯を教えてください。
高校生のころから、「起業したい」「東京に出たい(当時は鳥取県に住んでいたので)」と思っていました。起業するなら経営を学ぶべきだろうと考え、一橋大学商学部経営学科に進学しました。
しかし、いざ入学して経営学を学んでみると、経営の手法は理解していても、「やりたいこと」がはっきりしていなければ、そもそも起業はできないと気付きました。
——当時、やりたいことはあったのでしょうか。
はい。昔から音楽が好きで、大学生のころは軽音楽部に所属していました。そんな背景もあって、「音楽に関わることで起業したい」と考えていました。
やるなら新しい音楽の可能性を探ってみたい。そう思って、メディアアートやインタラクティブアートに興味を持ち始めました。ただ、アートやものづくりの基礎をまったく知らない文系の僕が、どうやってその分野で起業をしたらいいのかは検討がつかなくて。
そこで、起業のための武器を身に付けるために、理系の大学院への進学を検討し始めました。
——数ある大学院の中で、東京都立大学(旧 首都大学東京)への進学を決めたきっかけを教えてください。
メディアアートやインタラクティブアートの研究ができる大学院を探す中で、東京都立大学(旧 首都大学東京)にある串山久美子教授(2024年度退職)と馬場哲晃助教(現 教授)主宰の「IDEEAラボ」を知り、研究室を見学させてもらったんです。
そこは、まさにインタラクティブなものづくりを実践している場所でした。研究室には3Dプリンターや、Arduino(マイコンボードの一種)など、最新の機器がそろえられている。そして、メディアアートやインタラクティブアートの最前線で活躍している先生方がいる。まさに「つくりたいものがつくれる、人と環境が整った研究室だ」と思い、進学を決めました。
「新しい楽器をつくる」から、「日常を表現にする」。研究を重ねて見えてきたもの
——大学院では、具体的にどのような研究をされていたのでしょうか?
当時助教だった馬場先生は、インタラクションデザイン、インタフェースデザインの分野で研究をしている方です。「新しい音楽の可能性を探りたい」と考えていた僕は、先生の研究を見て「新しい楽器をつくれば、新しい音楽が生まれるじゃないか!」と感じました。
そして研究室の仲間たちと「PocoPoco」という楽器を制作しました。PocoPocoは、直感的な操作で音を鳴らしたり、作曲したりできる楽器です。設計から実装、作曲、パフォーマンスまで、全てを研究室のメンバーで手がけました。
また、飲料メーカーのプロモーションのお手伝いで「ウイスキーグラスを楽器にする」ことにもチャレンジしました。グラスにセンサーを搭載して、揺らしたり口をつけたりすると、音や映像が流れる仕組みです。プロモーションに参加してくれた方々は、思い思いにグラスに触れて、音と映像を楽しんでいました。
その姿を見て、「多くの人が使い方を知らない新しい楽器をつくるよりも、誰もが日常的に触れているモノを楽器にしたほうが、新しい音楽の可能性を探れるんじゃないか」と考えるようになりました。
——研究を重ねたことで、大学生時代には漠然としていた「起業してやりたいこと」が明確に見えてきたのですね。
「日常的なモノを楽器にする」という着想から、フラメンコやタップダンスなどで楽器としての側面を持つ「靴」にたどり着きました。
それからは、大学院にこもって音楽演奏用のスマートフットウェアの開発に熱中していました。靴にセンサーをつけて、動きに合わせて音や光が出るようにする。つま先が地面についたら音が鳴るシンプルな仕組みからスタートして、徐々に音の鳴る範囲を広くしたり、加速度センサーなどを搭載してジャンプしている時の動きも音に反映させたり、やりたいことは何でも試してみました
スマートフットウェアの開発には、動きに応じた音の反応を見る必要があったので、学内の防音室もよく使っていました。
そして、プロトタイプが完成した直後、学内の留学プログラムを利用して、半年間スペインのポンペウ・ファブラ大学に留学しました。留学中に、現地の音楽フェスティバルでスマートフットウェアを披露する機会があり、開発者の僕も驚くほど多くの方がこの「靴の楽器」に興味を持ってくれて、最終的には賞をいただくことができました。この経験で得た確かな手応えが自信につながり、起業を決意するきっかけになりました。
創業は「ものづくりが好きな」研究室メンバー
——起業にあたり、仲間集めや開発環境の整備はどう進めていったのでしょうか?
創業メンバーは、研究室の同期や後輩で構成され、その中には「PocoPoco」を開発したメンバーも含まれています。
僕が取り組んでいたインダストリアルアート学域では、「PocoPoco」のようにチームで一つのプロダクトを制作する機会が多くありました。そのため、「あの人は、ハードウェアの開発に強い」「あの人は、映像制作が得意」というように、チームメンバーの強みが自然と見えてくるんです。例えば、僕は事業の企画やプロダクトを魅力的に見せる演出は得意ですが、小さい電子部品のはんだ付けなど、ものづくりにおける手先の器用さはありません。だから、僕の苦手なことを得意とするメンバーと協力して研究に取り組むことが多かったですね。
このように普段から、メンバーの強みを生かした役割分担をしていたので、僕が「起業する」と話したときも、自然と役割分担が決まっていきました。インダストリアルアート学域は「ものづくりが好き」な人が多い環境だったので、創業メンバー集めにもそれほど大きな苦労はなかったです。
開発環境についても、そもそも学内にあらゆる設備が整っているから、困ることはなかったですね。開発そのものに必要なツールはもちろん、大きな音が鳴っても困らない防音室や、プロモーション動画の撮影ができる撮影スタジオまでありました。
メンバーと協力してプロトタイプをつくり、撮影スタジオで動画を撮影し、プロモーション素材として編集する。そしてできあがった映像をクラウドファンディングに活用して、一般販売に向けて資金を集めました。
その研究は、誰の役に立つのか?
——それから約10年。菊川さんが開発したスマートフットウェアはどんどん進化し、時にはプロのダンサーやアーティストのライブでも使われる楽器として、時には新しい形の健康機器・福祉機器としても注目を浴びるようになりました。大学院時代の経験が、今でも役立っていると感じる場面はありますか?
これからの起業家には、アカデミアが生み出す先端研究と、新事業の創出を目指す産業界。その両者をつなぎ、実社会に広げていく能力が、求められると思っています。そして、それはまさに大学院の研究室でやっていたこと“そのもの”なんです。
現在、私自身、アカデミアと協力する機会がすごく多いです。例を挙げると、国の助成金を受け、パーキンソン病患者さんのための新しいリハビリテーション手法を、大学や研究機関と共同開発しています。
——大学院の研究室でやっていたことそのもの、とはどういうことでしょうか。
串山先生と馬場先生はお二人ともアーティストとしての側面を持ちながら、「その研究は、誰の役に立つのか?」という社会への貢献をすごく大事にされていました。
インダストリアルアートの研究として、ただ美しい、ただ面白いだけではいけない。その作品が社会的な価値を持っていて、客観的なデータで効果を検証できて、初めて社会に影響を与えることができる。その考え方は、起業してからもすごく役に立っています。
——最後に、高校生や学生に向けてメッセージをお願いいたします。
今の時代は、急速にテクノロジーが進化していきます。大学に入学してから社会に出るまでの4年間で、技術は大きく変わっているはずです。厳しい言い方かもしれませんが、ただ真面目に授業を受けているだけでは、社会に出た時に太刀打ちできない時代です。
では、大学4年間でいったい何をしたらいいのか。皆さんには、自分が「やりたい」ことをどうしたら実現できるかを考え行動してほしいです。そのために、東京都立大学(旧 首都大学東京)には学生の挑戦を実現可能にする環境や、サポート制度が手厚く揃っています。
もし僕が今から大学に入るなら、この環境を活用できる学生の間に、どんどん打席に立ちたいですね。やりたいことはなんだっていいんです。自分が興味を持った領域で、行動を起こして場数を踏んでいってください。そうしたらきっと、見えてくるものがあると思います。






