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自分で考えて行動した経験は一生役立つスキルになる。経済経営学部 松尾ゼミが、毎年海外調査に行く理由

経済経営学部の松尾隆准教授のゼミナールは、経営学を扱う研究室。都立大には経営学を専門とするゼミがいくつかありますが、松尾ゼミでは発展途上国における国際経営戦略をテーマにし、年に一度、約1週間の海外調査に行きます。

なぜ、松尾ゼミでは海外での調査を大事にしているのでしょうか? 直接現地に行くからこそ、学べることとは? 教鞭をとる松尾先生、そして今年海外調査に行ったばかりのゼミ生に話を伺いました。

いろいろな角度から、どこまでも深く学べるのが経営学

――まずは、松尾先生の専門である「経営学」の面白さや魅力について教えてください。

経営学の面白さは、「何をやっても良い」という対象の広さだと思います。経営学は、経済学、心理学、社会学、工学などいろんな学問から派生しつつ、それぞれが掛け合わさっています。いろいろな角度から研究できますし、深く学ぼうと思ったらいくらでも追求できるのが魅力です。

また、経営は「人」を対象にした学問。人が関わることなら、全て経営学の対象になります。そのため、経営学を学ぶと、人の行動を論理的に理解できるようになると考えています。

私自身、経営学を学ぶ前は、自分に対しても人に対しても「こういう人だからしょうがない」と、決めつけがちでした。でも、経営学を学んだことで、人の考えや行動を論理的に整理できるようになり、より広い視野で物事を捉えられるようになったと思っています。

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経済経営学部 経済経営学科 経済学コース・経営学コース 松尾隆准教授
――そんな奥深い経営学の中で、先生はどのような研究を行っているのでしょうか。

今行っている研究は主にふたつ。ミャンマーの経営研究と、「マネジメントはファッションか?」というテーマです。

ミャンマーは、2011年に民主化したばかりの「アジア最後のフロンティア」と言われている国です。クローズドな社会からオープンな社会へと変化していく過程にあり、急速に経済成長や国際化が進んでいます。ミャンマーの企業はこの機会をどう捉え、どう行動と結びつけていけば、ビジネスチャンスの獲得やリスクの回避につながるのかを研究しています。

次に、「マネジメントはファッションか?」の研究についてです。ファッションスタイルは、「去年はおしゃれだったけど、今年はダサい」と言われることがありますよね?一方、経営のマネジメントと聞くと、個人の好みや感覚が反映されづらい論理的な分野だと捉えられがちです。ですが、マネジメント手法にもトレンドがあり、時代とともに移り変わっていくものだと考えています。

例えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉は、政府が導入を勧めていたこともあって、2018年頃は毎日のように各新聞でも取り上げられていました。ですが、今は目にする機会はめっきり少なくなってしまいました。代わりに目にするようになったのが、「生成AI」というワード。このように、マネジメントも時代によって変化していくフレキシブルなものだと思います。

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――マネジメント手法にも、ファッションのような流行り廃りがあることがわかると、どんなメリットがあるのでしょうか?

企業をはじめとするマネジメント手法を選ぶ側は「マネジメントにはトレンドがある」という前提を自覚することで、どの手法を選択するべきかを中長期的な目線で考えることができます。

そして国などの広める側は、「機能だけでなくトレンドを考えなければいけない」という視点が持てることになります。どんなに良い手法でも、時代の流れを考えないと広まらないし、すぐに廃れてしまいます。誰に届けたくて、どんな要素を入れるべきか。マネジメントにもファッション的な要素があると知ることで、無駄のない訴求ができるようになるのではないでしょうか。

発展途上国に行くことで、国が成長する過程を見せたい

――松尾ゼミの特徴についても教えてください。

私のゼミでは、以前、ミャンマーで現地調査していたのですが、現在は、経済成長レベルが類似しているアジアの国として、カンボジアで年に一度、ゼミメンバー全員で一週間程度の現地調査をしています。ミャンマーやカンボジアのような発展途上国では、日本のように経済が成熟した都市にはない成長が見られます。5年、10年後には、同じ国とは思えないような大きな変化が起こっている可能性も秘めています。そこに至る過程を学生たちに見せたくて、カンボジアを調査対象にしているのです。

また、現地で調査するテーマや方法は「経営学」を軸にしていれば、自分の好きなことを好きなように調べていい、という自由さは大きな特徴ではないでしょうか。

現在11人のゼミ生が在籍していて、今年は日本食レストランの経営者に取材する人がいたり、プロサッカーチームの経営状況を調査する人がいたり、11人11色の研究テーマがあって面白かったですよ。

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時にはホワイトボードを自由に使いながら、教員と学生がフラットに議論できる空気があるのが松尾ゼミの魅力。

「あなたなら何をどう研究する?」社会でも通用する主体性を育てる

――では、松尾ゼミのメンバーである4年次の茂木さんと3年次の坪田さんにお話を伺います。お二人は、カンボジアでどんな調査をしたのでしょうか。

私は伝統工芸が好きなので、カンボジアにおける日本の伝統工芸品の販売や流通を調査しました。伝統工芸品を取り扱う経営者の方々に取材をしたのですが、今回はアポ取りから取材まで、全て一人で行いました。

土地勘も関係性もない海外をたった一人で行動するのは不安もありましたが、だからこそ、ゼロから何かをつくり上げる面白さに気付けました。また、追い詰められたときの自分の思考や行動を客観的に見ることができて楽しかったですね。

何より現地を訪れたことで、経営学の重要性も痛感しました。どんなに良いものでも、その魅力を伝えられないと広まりませんが、経営学を活用すれば、自分が大事にしたいものを多くの人に届けられるかもしれない。私にとって大事なものが、世の中に何十年、何百年と残り続けるかもしれない。実際に現地を訪れ当事者に取材をしたことで、そう実感できました。

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4年次の茂木優佳さん

私は、カンボジアの冷凍食品の物流について調査しました。以前、「経済成長したことで、カンボジアでは冷凍食品ニーズが急速に高まっている。それに伴い、輸送の整備が求められている。」という記事を読んだことがきっかけです。現地の方々に話を伺い、自分なりの課題解決の仮説を立ててみたい、と思いました。

でも実際に冷凍食品を販売する経営者に話を聞いてみたところ、以前より冷凍食品のニーズは高まっているとはいえ、あくまでごく一部の人や地域の話だということが判明しました。輸送についても、日本のように温度管理が徹底されていない現状は確かにあるが、販売側も購入側も「売るまで冷たい温度を保つ」という意識がそもそもないため、そこまで問題視されていない、という現状がありました。

そもそもの前提が覆されてしまったのですが、それも現地に行かないとわからなかったことでした。先生がいつもお話している「現場を見ることの大切さ」を痛感しました。

私は今回が初めての海外訪問だったので、どのように取材相手を見つけ、どうアポ取りをしたらいいのか、インタビューはどう進めたらいいのか、何もわからなかったため、カンボジアに行くまでの間は、毎日のように松尾先生に相談していました。

松尾先生は、まずは私の考え方を第一に尊重して、背中を押してくれました。自分で考えて行動する力を与えてくれるんです。

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3年次の坪田茉子さん
――松尾ゼミでの経験を通して起こった、ご自身の変化を教えてください。

松尾先生は、決して手取り足取り教えてくれるタイプの先生ではありません。坪田さんが話していたように、質問してもすぐに答えをくれるわけじゃない。だから最初は「なんで困っているのに教えてくれないの?」と思ったことも多かったのですが、それでよかったと思っています。時間がかかっても自分で考えて行動した結果、勉強だけじゃなく、生きていくために大事な力が身に付いたと思います。

また、日本以外の国を訪れたことで、興味の幅や視野が広がったと思います。日本の文化や歴史に誇りを持っていたけれど、世界には同じくらい素晴らしいものがあるとわかり、「もっといろいろな国を見てみたい」と思うようになりました。

私はもともと、自分の考えを言語化するのが苦手でした。でも、松尾先生から質問するたびに「なぜそう思うの?」と聞かれ、どんどん鍛えられました。先生もただ言いっ放しではなく、言語化のフォローまでしてくれるので、物事を論理的に捉え、それを元に考えを整理して、人に伝える力が身に付きました。

この力はいろいろな場面で役立つと思いますが、就職活動中の今、まさに実感しています。例えば志望動機を書くときに、自分の興味と会社の事業やビジョンをつなげて、一貫した主張ができるようになったのは、このゼミで鍛えられたおかげですね。

「現場の感覚」を持った社会人になってほしい

――最後に、松尾先生に質問です。松尾ゼミの活動を通じて、学生たちに何を身に付けてほしいと考えていますか。

「現場の感覚」ですかね。書籍や授業を通じて学べることもたくさんあるけれど、現場ではもっとたくさんのことを学べますし、現場でないとわからないこともあります。実際に行って、体験して、体験を整理し、自分なりの仮説をつくり、人に説明する。その一連のフローで得たスキルは、勉強だけでなくいろいろな場面で応用できるはずです。

茂木さんや坪田さんが話しているように、私は基本的に放任主義。学生から質問を受けても「まずは君の考えを教えて」と質問で返してしまいます。だからこそ、二人に私が大事にしていることが伝わっていて嬉しいです。

また、経営学は社会に出てからもいろんな場面で役に立つとは思いつつ、卒業した学生たちがどんな場面で学びを活かしているのかを調査できていないのが現状の課題です。今後は、卒業生の活躍を追って、これから入学する学生さんたちの参考になるような仮説やモデルも構築していきたいですね。

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