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人間健康科学研究科-動かない身体が“動く”と感じる、その錯覚が神経修復の潜在能力を引き出す ─XRとAIで脳損傷後運動麻痺に対する近未来の理学療法を開発する─

人は、脳卒中や事故などで脳や脊髄にダメージを受けると、手足が思うように動かせなくなったり感覚が鈍くなったりする「感覚運動麻痺」が生じます。命が救えたとしても、麻痺によって生活の質(QOL)が下がるという問題は今なお深刻です。そして、同じ脳損傷でも人によって症状や治療への反応は大きく異なり、理学療法の最適な方法を決定するのは容易ではありません。そこで私たちは、XR(仮想現実、拡張現実、複合現実など、現実世界と仮想世界を融合させる技術の総称)やAIを使って「脳が持つ修復力」を最大限に引き出し、治療へ応用するための科学的研究に取り組んでいます。

損傷後の脳内で運動感覚を再現し脳機能修復を促す

この研究のキーワードは、「運動イメージの脳内再生」です。「運動イメージの脳内再生」とは、安静時でも脳内で積極的に(能動的に)運動を思い浮かべることをいいます。例えば、自分が健康なときは、スポーツをしている感覚を想像すれば、脳は実際の運動を再現するような活動を示します。しかし、脳に損傷を負うとこの機能も低下し、自分の手足の位置や姿勢の感覚も曖昧になってきます。現実の運動機能と、脳内にある身体意識や運動イメージを再生する機能は密接な関係にあるのです。

そこで私たちは、XR(VR/AR)と神経科学の知見を組み合わせた治療技術を開発しました。ヘッドマウントディスプレイに仮想の身体(アバター)を映し出し、それを自分の身体と感じる「錯覚」を利用します。アバターが動く様子を観察することで、安静にしていても脳内で運動しているイメージが誘起され(運動錯覚)、運動に関連する脳部位や脊髄が活性化することを示しています。さらに電気刺激を併用して感覚を強め、脳神経回路の変化を促すことで治療効果を高める方法も確立しました。

脳の修復と再編の潜在能力を見極め治療方針に活かす

脳の構造や機能の修復は、神経回路の再編として観察することができます。私たちは放射線科で撮影される脳画像を、AIや数学的手法によって解析することで新たな脳神経回路再編の原理を探求しています。これにより、脳画像情報に基づいて適切な治療選択や将来の身体機能予測を実現する、いわば「デジタルツイン理学療法」の開発を目指しています。

このように、私たちの研究室では基礎科学と臨床応用をつなぐ“橋渡し”を通じて近未来型理学療法の実現を目標としています。脳の仕組みを深く理解し、その成果を理学療法に還元することで、理学療法はもっと個別化されます。その結果、麻痺に苦しむ方々の生活の質を高めることにつながります。

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Profile

人間健康科学研究科 理学療法科学域
金子 文成教授
広島大学大学院医学系研究科 博士課程後期,博士(保健学)