キービジュアル

経営学研究科-中央銀行の「最後の貸手」機能と金融機関のモラルハザード

金融システムの安定化という、社会的課題に挑む

2023年3月10日、米シリコンバレー・バンク(SVB)が経営破綻しました。住宅ローン担保証券(MBS)や米国債などの売却により約18億ドルの損失を計上し、22億5千万ドルの増資を発表した2日後のことです。この電撃的な経営破綻の裏にあったのは、Twitter(現X)などのSNSの情報を通じた大規模な預金引き出し。これは「銀行取り付け(bank run)」と呼ばれる現象です。些細な良くない情報が拡散されれば、銀行経営に問題がなくても取り付けは発生します。経済システムに銀行が出現して以来、国や時代を問わず、銀行危機は繰り返されてきました。

銀行危機に対し、どのように対処すればよいのでしょうか。中央銀行には「最後の貸手(Lender of Last Resort)」と呼ばれる機能があります。流動性不足に陥った金融機関に対して、中央銀行が手形や国債等の安全資産を担保に一時的な資金貸し付けを行うことをいいます。その銀行の破綻により金融システムが混乱し崩壊することを防ぐための機能です。日本では「特融(日銀特融)」と呼ばれており、1960年代の証券不況時や1990年代後半に複数の金融機関に発動されました。

多くの経済学者や政策担当者が「最後の貸手」の重要性を認めていますが、どのような基準で、どの金融機関に、どれほどの額を、いくらの金利で貸し付けるべきか、などの意見は一致していません。また「最後の貸手」の存在が、銀行の事前のリスク・テイキングに与える影響(モラルハザード)も懸念されています。つまり、危機時に中央銀行が救済してくれると民間銀行が予想すれば、日頃からの審査(スクリーニング)や監視(モニタリング)を伴った適切な貸し付け業務を怠り、リスク資産の過度な保有を促す可能性があるのです。

金融機関のモラルハザードを抑制しつつ金融システムを安定化させる制度を構築することは社会的な課題です。それに取り組むため、私は共同研究者と共に、2022年ノーベル経済学賞の授賞対象となったダイアモンド=ディビッグ・モデルを貨幣サーチ理論に組み込んだ理論モデルを開発し、「最後の貸手」政策の理論的分析を行いました。その結果、担保の範囲内であれば、低金利の緊急融資はモラルハザードを誘発しないことが示されました。担保を超える貸出を行う場合、モラルハザードが生じる可能性があると言い換えることもできます。本研究を継続し、金融システムの安定化に資する学術的貢献をしたいと思っています。

「最後の貸手」の機能と懸念
Profile

経営学研究科経営学専攻
松岡多利思教授
京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。2023年より現職。