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谷口 央

氏 名谷口 央タニグチ ヒサシたにぐち ひさし
職 位教授
所 属首都大学東京都市教養学部 人文・社会系 国際文化コース 歴史・考古学教室
人文科学研究科 文化基礎論専攻 歴史・考古学教室
 
専門・研究分野日本近世史
最終学歴・学位名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学・博士(歴史学)
研究テーマ徳川氏の五か国総検地 太閤検地の歴史的意義、豊臣政権の成立過程
研究キーワード五か国総検地 太閤検地 豊臣政権 徳川氏
研究業績・著書・
論文、その他
それに準じる業績
【単著】
『幕藩制成立期の社会政治史研究ー検地と検地帳を中心に』校倉書房、2014年

【共著】
『三重県史』資料編 近世2(2003年)
『長久手町史』本文編(2003年)
『新編安城市史』資料編 近世(2005年)
『新編安城市史』通史編 原始・古代・中世(2007年)
『愛知県史』資料編 織豊2(2007年)
『新編安城市史』通史編 近世(2007年)
『三重県史』資料編 近世3上(2008年)
『愛知県史』資料編 織豊3(2011年)
『新編豊川市史』通史編 原始・古代・中世(2011年)
『愛知県史』資料編 中世・織豊(2014年)

【編著】
『検地帳集成-新編安城市史報告書4-』(2006年)

【論文等】
「初期徳川権力の基礎構造-五カ国総検地の名請人理解から-」
 (三鬼清一郎編『織豊期の政治構造』吉川弘文館、2000年)
「検地帳の「分付」記載と「割地」慣行-鳥羽藩領山田村の事例から-」
 (『志摩郡磯部町山田区有文書調査報告書』三重県文化課、2001年)
「天正期三河国太閤検地の実態-豊臣政権下における三河国の位置付け-」
 (『安城市史研究』第2号、2001年)
「家康の上洛と徳川権力-五十分一役の理解を通して-」
 (『日本史研究』第479号、2002年)
「徳川五カ国総検地と分付記載」
 (『ヒストリア』第185号、2003年)
「検地施行基調と検地帳名請人-天正期三河国の検地を通じて-」
 (『歴史評論』第640号、2003年)
「五ヵ国総検地後の年貢収納体制について-『御縄打歩測御帳』と「中記」の理解から-」
(矢田俊文編『戦国期の権力と文書』高志書院、2004年)
「小牧・長久手の戦いから見た大規模戦争の創出」
 (文部科学省平成十三年度基盤研究(A)「近世成立期の大規模戦争と幕藩体制-占領・国分・仕置の視点から-」(研究代表者・藤田達生)、2005年、後、一部改稿の上、藤田達生編『小牧・長久手の戦いの構造』(岩田書院、2006年)に再録)
「徳川氏の三河国支配と五十分一役」
 (『織豊期研究』第7号、2005年)
「太閤検地の奉行裁量と検地帳」
 (『人文学報』第415号 2009年)
「検地帳と権力」
 (『織豊期研究』第11号、2009年)
「小牧長久手の戦い前の徳川・羽柴氏の関係」
 (『人文学報』第445号、2011年)
「天正十八年三河国太閤検地帳についてー加茂郡四ツ松村検地帳の紹介を兼ねてー」
 (『愛知県史研究』第16号、2012年)
「名古屋市蓬左文庫蔵「遠江国図」について」
 (『災害・復興と資料』第1号、2012年)
「中津城奥平家文書について―「家譜」に見る長篠の戦いの意味―」
 (『研究紀要(新城市設楽原歴史資料館・新城市長篠城址史跡保存館)』第17号、2013年)
受 賞なし
主な学会活動日本史研究会・大阪歴史学会・織豊期研究会会員
社会等との関わり三重県史近世部会専門調査員
愛知県史織豊部会調査執筆委員
東京大学史料編纂所共同研究員
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  • 古文書学
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