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作業療法士というと、「病院や介護施設で手足などのリハビリを行う職業」と漠然としたイメージを持つ人がいるかもしれない。しかし本来は日常生活で行う食事や字を書くなどの遂行能力に加えて、就学・就労といった社会的な適応能力を維持改善し、人々がその人らしく生き生きと自立した生活を送れるように支援するのが、作業療法士の仕事である。作業療法を学べる大学や専門学校は数多いが、東京都立大学の健康福祉学部作業療法学科には他にない特色があるという。その詳細について、学科長の小林法一教授と学生たちに聞いた
◆世界標準のカリキュラム-国の基準を上回る実習時間と多様な実習先を確保-
1年次は東京都八王子市の南大沢キャンパスで教養科目を中心に学び、2年次以降は健康福祉学部の全学科の学生が同荒川区の荒川キャンパスに集い専門分野を学ぶ。荒川キャンパスには、作業療法の授業で使用するための専門教室も充実。また、身体障がい、精神障がい、子ども・発達、高齢期の4領域をバランス良く学べることも東京都立大学健康福祉学部作業療法学科の大きなメリットだ。
「入学時からどのような領域で働きたいか定まっている学生もいれば、そうではない学生もいます。本学科は各領域に専門教員をそろえており、臨地実習先も用意しています。さまざまな領域を体験することで選択肢が広がり、進路が定まっていくので、大学としてはできるだけ多様な経験を提供できるよう注力しています」(小林法一教授、以下同)。
小林法一(こばやし・のりかず)/健康福祉学部 作業療法学科教授。広島大学 医学系研究科 保健学専攻博士課程後期修了 博士(保健学)。日鋼記念病院 作業療法科主任、北海道大学医学部保健学科作業療法学専攻助教などを経て、2006年首都大学東京(現東京都立大学)健康福祉学部作業療法学科准教授に就任。2012年同教授。東京都自立支援・重度化防止等に向けた介護支援専門員研修事業カリキュラム検討委員会委員などを歴任し、地域社会とのネットワークづくりにも注力している
より多くの機会を学生に提供したいという熱意は、2~4年次にかけて行う作業療法臨地実習においてもうかがえる。国が定めている総実習時間は880時間だが、同大学では国際水準を目指し、延べ1,000時間以上の実習を行うカリキュラムを組んでいる。
「2年次の作業療法初期臨地実習は4週間で、現役の作業療法士のもとで作業療法の実際を見学し、一部体験をします。まだ専門科目を学び始めたばかりの2年次ですので、自分がこれから学ぶべきことを実感することで、以降の主体的な学びにつなげています」
「3年次の作業療法プロセス臨地実習は10週間にわたり、指導者の支援を得ながら自分で作業療法の計画を立てて実践していきます。あえて長期間に設定することで、対象の方が改善していく様子を間近で見ることができ、現場のリアルを感じることができます。さらに7週間にわたる作業療法総合臨地実習では、これまで学んだ経験を生かして自らが主体となって、課題を設定し取り組みます。このように最大2カ月を超える長期間、臨床現場で実習に取り組める教育機関は、全国を見回してもあまり例がないと思います」
4年次には地域作業療法学実習もある。地域関連の実習では通所型や訪問型のリハビリテーション施設だけでなく、小中学校や保育所、就労支援の事業所や行政機関などさまざまな実習先が用意されている。
「車椅子など、福祉用具のレンタル事業を行う企業なども実習先に入っています。福祉用具は、使用者がうまく使いこなせなかったり、微調整や修理が必要になったりします。そこで、用具を使用する人にとってどのような支援が必要なのかを学んでいくわけです」
こういった幅広い実習先を確保できるのも、大学が東京都や荒川区など行政機関と連携し、地域に根差しているからこそ。加えて、教員や卒業生の強固なネットワークがあるからにほかならない。
写真左上:作業療法総合演習(2、3年次ペア) 左下:国際交流(WelcomeParty) 右上:作業療法総合演習(2、3年次ペア) 右中:認知機能作業療法学 右下:基礎作業学実習(陶芸)
◆無限に広がる可能性 -将来にむけたプログラムの提供-
医療や福祉の現場において、対象の方に最適なケアを提供するために、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、診療放射線技師、栄養士、ソーシャルワーカーなど、異なる専門職が連携・協力する「多職種連携」。今日、その重要性が高まるなか、同大学では多職種連携にフォーカスした授業を展開している。
「本学の健康福祉学部には、作業療法学科の他に理学療法学科、放射線学科、看護学科の4学科があり、学科横断のチームを組んで課題に取り組む授業を設けています。地域や臨床の現場で対象の方の困りごとを解決するため、多職種の連携が求められるケースが増えているので、この経験は将来必ず役に立つと考えています。これは本学部に4学科がそろっているからこそ実現できることだと言えるでしょう」
多職種連携が進んでいる海外の現場を学ぶ国際交流プログラムも充実。昨年度は、スウェーデンの臨床現場を体験する短期留学プログラムに9名が参加し、新たな視点から経験を重ねた。また作業療法学科で近年、学生の人気を集めているのが「バーチャル・エクスチェンジ・プログラム」だ。これは作業療法のカリキュラムを持つ海外の大学と提携し、オンラインで毎週交流を重ねるもので、コロナ禍で留学が困難になったことを機に創設された。
「作業療法の学び方や、実際の支援方法、現状の課題などを話し合い、国際レベルの視野を持つことを目的にしています。2年次から参加できるので、このプログラムで親交を深め、4年次になって現地を訪ねた学生もいました。提携先大学のネットワークは、イギリス、オランダ、スウェーデンの大学のほか、近年はタイ、インドネシア、バングラデシュ、フィリピンなど東南アジアにも提携先を広げています」
制度面でも学生の多様な活動を応援している。医療系の大学は多くの場合、卒業直前まで必修科目が詰まっているが、都立大の作業療法学科では4年次の前期で必修科目の単位を取り終えられるよう、カリキュラムが組まれている。そのため余裕ができる4年次の後期は卒業研究や国家試験に向けた勉強の他、長期留学、企業のインターンシップなどに取り組み、将来に向けて有意義な時間を過ごすことが可能だ。
◆高い就職率。一般企業から注目される作業療法のスキル
卒業後は、作業療法士として医療機関や介護施設などで働くイメージがあるが、一般企業に就職する学生も増えているという。実は、作業療法のスキルを持つ学生は各業界から引く手あまたで、作業療法学科では大学院等に進む学生を除けば、就職率は100%だという。
「たとえば旅行会社では、高齢者向けのツアーを企画する際に、作業療法のスキルを持ったスタッフがいると大変重宝されます。また、ホテルのように多様な人々が利用する施設からも、『接客やハード面の整備に、作業療法の知見を生かしてほしい』と求人の依頼が来ることがあります。今年は、障がい者雇用を積極的に進めているアパレル会社から求人がありました。障がい者も、まわりの同僚も、共に働きやすい環境にするにはどうしたらよいかを考えてほしいということです。昨今はダイバーシティの視点から地域貢献を進めようという企業も多いので、その点でも作業療法のスキルはアピールポイントとなっています」
また、世界各国を見回してみると、その活躍の場はきわめて多岐にわたる。
「たとえばアメリカではほとんどの州の学校に作業療法士が勤務しており、縄跳びがうまく跳べない、文字を書くのが苦手、授業に集中しにくいなどで悩んでいるような子どもに対し、教員と連携して心身両面からサポートするようになっています。日本でも最近、岐阜県飛騨市が市内の全小中学校に作業療法室を設け、先進的な取り組みとして注目を集めています。東京都でも全ての特別支援学校に作業療法士が外部専門家として関わる体制が整っているほか、近年は通常小・中学校からの要請も高まっています。どちらの地域でも作業療法士が訪問し、子どもの悩みや学習のつまずきに寄り添った支援を行っています。子どもが生きづらさを抱えたまま取り残されないようにするため、作業療法士は必要不可欠な存在となっているのです」
ダイバーシティや地域共生社会の重要性が高まるなか、作業療法士の活躍の場は無限に広がっていく可能性を秘めている。
「本学の作業療法学科は学生数に比して常勤の教員数が多いため、きめ細やかな指導を行うことができます。また、同学年だけでなく他学年や卒業生のネットワークも非常に強固です。卒業後、現場を経験してから研究に従事する際のバックアップ体制も整っています。ぜひ大学説明会に足を運んで、キャンパスの雰囲気を体感していただきたいと思います」
◆都立大ならではの実習が、将来につながる貴重な経験に~作業療法学科4年次 荒井夢沙志さん
「依頼者それぞれの希望や状態に応じた支援の方法を模索することが必要」と荒井さんは言う
身内に医療・福祉系の仕事をしている者が多く、もともと医療職に関心がありました。なかでも作業療法に興味を持ったのは、自分自身が肩を脱臼して病院でリハビリを受けた際、リハビリ室でゲーム機を使って楽しそうにリハビリをしている患者さんがいて、「こんなやり方もあるんだ」と興味を持ったのがきっかけです。
東京都立大学に惹(ひ)かれたのは、学費面もありますが、幅広い領域の実習を受けられ、卒業後の進路に可能性が広がると考えたからです。2、3年次の作業療法総合演習の授業では、2年次と3年次がバディを組み、マンツーマンやグループワークで3年次が主体となって2年次に教えていきます。3年次のときは、2年次の臨地実習で学んできたことを自分の中で再度咀嚼(そしゃく)して2年次に教えるため、理論と実践がつながるのを感じました。授業前には資料を作るなど念入りな準備が必要なので、ほかの授業の課題が重なると大変ですが、人に教えることによって得られるものは大きいと実感しました。
臨地実習では、入院したばかりの患者さんが多い急性期の病院と、回復期の患者さんがメインの病院のほか、介護老人保健施設にも行きました。介護老人保健施設では、「ボウリング場やレジャー施設で遊べるようになりたい」という高齢者の要望に沿ったプログラムを考え、実践しました。高齢の方がリハビリに取り組み、気持ちがだんだん前向きになっていく過程を見ることができたのは、将来につながる非常に貴重な経験になったと思います。
また、サークル活動では地域の高齢者の方々に、生活の様子や必要な支援について聞いたり、スマホの使い方を教えたりするボランティアを行っています。ほかにも現在は、週3日ほど中学校の登校サポートスタッフのアルバイトをしています。これは、さまざまな事情から教室で学ぶことができず、保健室登校をしている子どもたちを支援する仕事です。最終的には教室に足を運べるようにすることが目標ですが、まずは「学校は安心できる空間だ」と感じてもらえるようにすることが僕の役目です。支援の方法はさまざまで、話し相手になることもあれば、その子の好きなことに一緒に取り組んだり、マンツーマンで学習を支援することもあります。ここでもやはり、それぞれの希望や状態に応じた支援の方法を模索することが必要だと感じています。
将来については、認知症専門病棟がある施設を希望していたのですが、中学校でのアルバイト経験から、最近では子どもを支援する仕事に携わりたいという気持ちが大きくなってきました。一方で臨地実習を通じ、同じ疾患の患者さんであっても痛みの出る部位や痛みの感じ方は異なり、それぞれの生活背景や価値観によってリハビリのゴールは変わることを知りました。この先、どのような領域に携わることになっても、大学で教わった「相手を尊重する姿勢」を忘れずに取り組んでいきたいと思います。
◆総合演習で芽生えた責任感。卒業生の活躍ぶりも励みに~作業療法学科3年次 マクロスティー笑連さん
「いつか作業療法の知識を生かしたカフェをやってみたい」というマクロスティーさん
作業療法に興味を持ったのは、家族が病院のお世話になったときに、作業療法士さんのリハビリ指導の様子を見たのがきっかけでした。ただ、自分が本当に作業療法士になりたいのか、高校生のときはまだはっきりとしていませんでした。
さまざまな科目の中でも特に印象深かったのは、2年次と3年次が合同で学ぶ作業療法総合演習です。2学年あわせて10人ほどのグループに分かれて学習するのですが、そこにアシスタントとして4年次がつくこともあるので、学年の壁を超えた交流が生まれました。2年次になって荒川キャンパスに移ったばかりのころは、慣れない環境への不安もありましたが、先輩たちに授業のことや、さまざまな情報を教えてもらえたのはありがたかったです。その反面、3年次になると適当なことを教えてはいけないという責任感がずっしりとのしかかります。ときには「これで大丈夫だろうか」と迷うこともありましたが、前年度に先輩からもらった資料を参考にしたり、先生に相談に乗ってもらったりして、不安を解消して授業に臨むことができました。
学科は1学年40人程度なので、高校のクラスのような距離感の近さがあります。作業療法は、人の心に寄り添う仕事だからなのか、クラスメイトはやさしい人ばかりで、先輩たちもみんな親切。人間作業モデルやMTDLP、感覚統合(いずれも作業療法の理論や枠組み)などに精通している先生のもとで勉強できるのも、学生にとっては大きなメリットです。また、東京都で開催される作業療法の学会に出席すると、都立大出身の参加者が多く、その活躍されている姿を見ると、自分の進路のイメージがわきやすい。本当にいい大学に入ったなと思います。
作業療法初期臨地実習では、小規模な医療機関で作業療法士が医師や看護師と連携して働く様子を間近で見ることができました。言語聴覚士がいない病院だったので、嚥下についても作業療法士が担っていて、作業療法の幅の広さを感じ、吸収することが多かったです。また、作業療法士に限ったことではないですが、医療職は生涯学び続けることが必要な職業だと思います。ケアの方法や推奨レベルも年々進歩しますし、その時々で最新、最善の方法を学ぶ姿勢が必要なのだと感じました。
高齢者の領域に関心があるので、卒業後は地域社会で暮らす高齢者に役立つ仕事がしたいと思っています。また、今カフェでアルバイトをしており、調理師の資格をとるために勉強中。いつか作業療法の知識を生かしたカフェをやってみたい、という夢も描いています。
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東京都立大学健康福祉学部 作業療法学科
東京都立大学作業療法学科(オリジナルサイト)
Instagram : 東京都立大学作業療法学科(@tmuot7210)
取材・文/音部美穂 撮影/大野洋介 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ
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