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ミニ講義 ― 東京都立大学の「学び」を体験!
中村 英男 教授

中村 英男 教授
H30再編後の所属
人文社会学部 人文学科
英語圏文化論教室
中村 英男 教授 【教員紹介】
キーワード:
神,小説,映画・シネマ

自分の姿を自在に変え他者を操る「演劇性」を、物語から見つけよう

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他者を欺く悪者

シェイクスピアの作品『オセロ』は、主人公オセロを恨むイアーゴーが周囲を欺き、オセロが妻のデスデモーナを殺すよう仕向ける様を描いた悲劇です。イアーゴーが他者を操作し、オセロに最大限のダメージを与える様子は悪人そのもののように描かれています。そしてこのようなことができるのは、自分の姿を自在に変えられる「演劇性」があるからだと考えられ、以降20世紀初頭まで、演劇性のある人間は悪者だと、小説の中で描かれるようになります。

自分で自分をつくっていく

「演劇性」を用いた作品がつくられるまでは、聖書で語られる固定化された「真理」が社会のすべてを支配していました。つまり、神に導かれた正しい生き方はこれだという絶対的な確信があり、人々はその教え通りに生きていればよかったのです。ところが英国ルネサンス期になると、『オセロ』の一節に「俺たちの身体が庭なら、俺たちの意志はさしずめその庭師ってところだ」とあるように、自分で自分をつくっていく、という自己形成の考え方が生まれたのです。そして、イアーゴーのセリフに「俺は本当の俺ではないのだ」という言葉があるように、目的のために他者を欺く演劇性が描かれるようにもなっていきました。

現代小説の中にも見られる演劇性

アメリカの文芸評論家でハーバード大学教授のスティーブン・グリーンブラットは著書で、他者を利用する能力と演劇性は同一のものであると述べています。また、英国ルネサンス文化にとって最も重要な課題は、「真っ向から対立しあう2つの立場をそれぞれ同じだけの説得力を込めて論じられるよう」になるよう生徒の能力を育成することだった、という点についても指摘しています。これが今では「ディベート」と呼ばれるものです。このような演劇性は現代小説の中にも見られ、宮部みゆき『模倣犯』や平野啓一郎『決壊』にも、他者を操作する力を持った人物の姿が描かれています。英国ルネサンス期に開花した「演劇性」が、時代を超えて現代の小説の中でも登場しているのです。

『ハリー・ポッター』で、「信頼」について考えてみよう

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誰も信じられないヴォルデモート

『ハリー・ポッター』に登場する闇の魔法使い、ヴォルデモートは絶対的な力を身につけ、世界を征服しようとしますが、自分の魂は万が一のときのために「分霊箱」に分割します。これは、どれほど自分が強くなっても、世界という他人を信じることができないからだと考えられます。イギリスの社会学者アンソニー・ギデンズは「子ども時代に基本的信頼を手に入れられなかった人間は世界を信じることができない」と述べています。常に世界に対して不信感を抱き、自分がいつも上の存在でなければ我慢がならなくなるのです。ヴォルデモートは、子ども時代に親から捨てられた存在だと描かれており、基本的信頼の欠如がその後の行動のきっかけになっていたのです。

ハリー・ポッターとの違い

ヴォルデモートのセリフに、「信頼したのは間違いだった」というものがあります。これは、日記として隠していた分霊箱が他人の手に簡単に渡ってしまったり、銀行に預けていた分霊箱の1つが盗まれたりといったことが続いたからです。一方、ハリー・ポッターも幼少期に親と死別していますが、ヴォルデモートとの決定的な違いは、親から愛されていた記憶があることです。ハリー・ポッターには、母が自分を守るために命を張ってくれた事実があります。それはハリーにとって、周囲と信頼関係を築きながら生きていくための大きな「お守り」となっていたのです。

人をどう信頼するか

ヴォルデモートは結局、自分が強くなって絶対的な力で世界を征服するのが一番で、誰かを信頼した時点で負けだと考えています。これは逆説的に、他人を信頼できない人間はどうすれば信頼できるようになるのか、という問題を提起していると言えます。ほかにも、『ハリー・ポッター』では、さまざまな場面で信頼についての問いかけが続きます。このように、何気なく親しんでいる小説や映画にも、さまざまな人間の営みや社会との関係性が隠されていることを読み解いていくのは、とても興味深い研究となります。

高校生・受験生の皆さんへのメッセージ

人工知能(AI)の発達などで、誰でも簡単に理解できる言葉だけでコミュニケーションを取ろうとする傾向が強まる一方、陰影に富む表現や、よくわからないことについて語る能力が衰えているように感じます。逆に考えれば、一見、難しい文章、わかりにくい文章を読み解き、その中から自分なりにテーマを見つけてくる能力は、未来において価値あるものになるでしょう。
文章の読み方や論理の構築方法を学び、自分なりの「井戸の掘り方」ができる人になれば、必ず国際社会で活躍できる素養ができるはずです。


夢ナビ編集部監修

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